大阪地方裁判所 平成12年(ワ)200号 判決 2000年6月15日
原告
湯川英雄
被告
山口榮二
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金五四九万二八四四円及びこれに対する平成一〇年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは原告に対し、各自金一〇五七万六二一四円及びこれに対する平成一〇年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交差点における普通貨物自動車と自転車との出合い頭の衝突事故により死亡した自転車運転者の相続人が、普通貨物自動車の運転者に対しては民法七〇九条に基づき、その車両保有者に対しては自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
(一) 訴外湯川元治(昭和一三年二月一一日生。以下「亡元治」という。)は、平成一〇年四月二日午前九時四五分ころ、兵庫県尼崎市名神町三丁目四番二三号先県道尼崎池田線の交通整理の行われていない十字路交差点(以下「本件交差点」という。)を自転車に乗って西から東に向かって横断中、同交差点を南から北へ進行してきた被告山口榮二(以下「被告山口」という。)運転の普通貨物自動車(以下「加害車両」という。)と接触し転倒するという交通事故(以下「本件事故」という。)にあって、多発頭蓋骨骨折、頭部打撲の傷害を負い、同日午後六時二六分、同傷害に起因する急性硬膜下血腫により死亡した。
(二) 亡元治の相続人は、兄である原告のほか、訴外今中榮子、同今中昌明及び同岡井久子であったが、平成一一年一一月一〇日、遺産分割協議の結果、原告が亡元治の本件事故に係る損害賠償請求権を単独で相続した(甲三ないし七号証)。
(三) 被告有限会社酒井組(以下「被告会社」という。)は、加害車両の保有者であり、かつ、被告山口を雇用していた者であって、本件事故当時、加害車両を自己のために運行の用に供していた。
(四) 原告は、平成一一年九月二九日、自賠責保険から損害賠償の填補として下記内訳のとおり合計金一三六九万三五〇〇円の支払いを受けた。
記
逸失利益 九五八万円
葬儀費用 六〇万円
慰謝料 三五〇万円
文書料 一万二四〇〇円
諸雑費 一一〇〇円
二 争点
被告らは、損害額を争うほか、亡元治には自転車で優先道路上に飛び出した過失があるから、五割以上の過失相殺がなされるべきであると主張する。
第三争点に対する判断
一 損害額
(一) 逸失利益(請求額一〇九五万二二五〇円) 一〇二〇万七四三〇円
甲三号証及び原告本人によれば、亡元治は、本件事故当時満六〇歳の男性であり、幼少期に小児麻痺を患い左半身が不自由であったものの、自転車の運転ができたことから、中学校卒業以来、一貫して新聞販売店の正社員として配達や集金業務に携わってきた者であるが、昭和六〇年ころから喘息の発作が出るようになり、昭和の終わりころには勤務することが困難となったため退職を余儀なくされ、以来、本件事故当時まで無職であったこと、亡元治は、仕事を辞めるのとほぼ時期を同じくしてそれまで同居していた原告方を出て、尼崎市内に文化住宅を借りて一人暮らしをするようになり、公害病認定を受けたことによる補償金や生活保護給付等によって生活していたが、定期的に医師による投薬治療を受けていたことから、近年は喘息発作も快方に向かい再び新聞配達の仕事に復帰する意欲を有していたことが認められる。
上記事実によれば、亡元治は、本件事故当時は無職であり将来の稼働についても多分に不確定な部分があったとはいえ、過去の稼働経験や同人の能力、意欲、年齢等に照らすと、本件事故に遭わなければ、本件事故後一一年間の稼働可能期間を通じて、少なくとも平成一〇年賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・男子労働者・中卒・六〇歳の年収額三七八万一三〇〇円の六割五分程度を得ることができたと推認するのが相当であるから、その額を基礎として、生活費控除を五割とし、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価を算出すると、一〇二〇万七四三〇円となる。
(計算式)
3,781,300×0.65(1-0.5)×8.306=10,207,430
(二) 慰謝料(請求額二一〇〇万円) 二〇〇〇万円
前項で認定した亡元治の生活状況や後記本件事故の態様その他本件に現われた一切の事情を勘案すると、亡元治の死亡による慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当である。
(三) 葬儀費用(請求額二一〇万円) 一二〇万円
甲一一ないし一六号証、原告本人及び弁論の全趣旨から、本件事故と相当因果関係を有する亡元治の葬儀費用は、一二〇万円が相当である。
(四) 治療費(請求額五五万六三一〇円) 五五万六三一〇円
甲一〇号証及び原告本人によれば、原告が亡元治の救急救命措置費用として病院に支払った上記金額は、本件事故と相当因果関係を有する損害と認める。
(五) 文書料(請求額一万二四〇〇円) 一万二四〇〇円
前記「争いのない事実等」(四)記載の事実から、当事者間に争いがないものと認める。
(六) 諸雑費(請求額五万円) 一一〇〇円
原告の請求する金額については、その内訳が明らかでなく、証拠も存しないが、前記「争いのない事実等」(四)記載の事実から、一一〇〇円については争いがないものと認める。
以上損害額合計 三一九七万七二四〇円
二 過失相殺
(一) 甲八号証及び原告本人によれば、被告山口は、歩車道の区別のある片側二車線の県道の第二車線を南から北に向かって直進中、本件交差点の約一七メートル手前で、左前力の歩車道の境目辺りの位置に、白転車を運転して本件交差点内に進入してこようとする亡元治の姿を発見し、ハンドルを右に切りながら急制動をかけて衝突を避けようとしたが、約一八・八メートル進行して加害車両前部左角を亡元治の自転車後輪付近に衝突させ、さらに約三・二メートル進行してようやく停止したこと、亡元治は衝突地点から約七メートル前方に転倒していたこと、被告山口の走行してきた車線上から亡元治の走行してきた交差する道路の左(西)方向の見通しは、建物及び植樹帯に遮られて必ずしも良くはないが、本件交差点の約二七メートル手前から交差道路の入口付近(前記歩道の西端延長線付近)を見通すことができることの各事実を認めることができる。
そうすると、被告山口が本件交差点を通過しようとする際、交差する道路を通行する車両の存在に十分注意していれば、本件事故当時被告山口が亡元治に気付いた地点よりも約一〇メートルほど手前で亡元治の姿を発見することができ、同人との衝突を回避し得たと考えられるから、被告山口には、本件交差点に進入するに際して交差道路を進行する車両に対する注視を怠った過失が認められる。
(二) 他方、前同号証によれば、本件交差点内の被告山口の通行してきた県道上には中央線の表示があり、亡元治の進行してきた道路に対して優先道路の関係にあることが認められるから、亡元治には交差する優先道路上を通行する車両の進行を妨害してはならないという注意義務が存することになる(道路交通法三六条二項)が、前記のとおり認定した事実によれば、亡元治は左方から加害車両が一〇数メートルの距離まで接近してきていたにもかかわらず漫然と本件交差点に進入したものと考えざるを得ないから、亡元治には優先道路上を通行する車両に対する前記注意義務を怠った過失が認められる。
そこで、亡元治と被告山口との過失割合について検討するに、加害車両の速度については、乾燥したアスファルト路面上でスリップ痕が長いものでも七・四メートル程度であり、被告山口が亡元治に気付いてから急制動をかけて完全に停止するまでの距離が約二二メートル程度であること(甲八号証)からすると、亡元治の自転車に衝突していることを考慮しても、時速約四〇ないし四五キロメートル程度と推認することができ、指定速度(時速五〇キロメートル)を超過していたとは認められないものの、本件交差点は商店の建ち並ぶ市街地に位置し、前記のとおり交差する道路方向の見通しが十分とはいえない状況にあったことからすれば、被告山口には、同方向からの進入車両について特段の注意を払い、車両が侵入してきた場合には停止できるようなより安全な速度で進行する配慮が望まれたというべきであること、亡元治が身体に障害のある高齢者であること等を総合考慮すると、亡元治の過失割合として四割を原告の損害額から減額するのが相当である。
(三) したがって、被告らが原告らに対して賠償すべき損害額は、一九一八万六三四四円となる。
(計算式)
31,977,240×(1-0.4)=19,186,344
三 損益相殺
上記金額から、前記のとおり争いのない自賠責保険から填補された一三六九万三五〇〇円を控除すると、被告らが原告らに対して賠償すべき損害の残額は、五四九万二八四四円となる。
四 結論
以上から、原告の請求は、被告らに対し各自金五四九万二八四四円及びこれに対する本件事故の日である平成一〇年四月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、右の限度で認容し、原告らのその余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 福井健太)